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千葉地方裁判所 昭和35年(ワ)250号 判決 1961年12月27日

判  決

市川市菅野町三丁目六九〇番地

原告

土井実

右訴訟代理人弁護士

松本正已

同市八幡町六丁目一七九番地

被告

市川シヨ

右訴訟代理人弁護士

日比野幸一

右当事者間の、昭和三五年(ワ)第二五〇号所有権取得登記抹消登記手続請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地及び建物について、千葉地方法務局市川出張所昭和三五年八月二三日受附第一二、一八七号を以て為された、被告をその名義人とする、相続による所有権(但し、持分二分の一)取得登記の各抹消登記手続を為さなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一、被告及び訴外石橋好一が訴外石橋妙蓮の養子であること、原告が同訴外人の甥であること、同訴外人が、病気の為め、原告主張の病院に入院(病室は南六号室)し、昭和三五年七月一一日手術を受け、同月一七日死亡したこと、及び別紙目録記載の土地及び建物について、被告及び訴外石橋好一を夫々その名義人として、千葉地方法務局市川出張所昭和三五年八月二三日受附第一二、一八七号を以て、相続による各所有権(持分各二分の一)取得の登記が為されていることは、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないところであると認める。

二、更に、別紙目録記載の土地が、右訴外石橋妙蓮の生存中、同訴外人の所有であつたこともまた、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないことであると認める。

尤も、被告は、右目録記載の(3)の土地は、右訴外人の生存中、訴外斎藤亮三に売却されたので、同訴外人の生存中、同訴外人は、既に、その所有権を失つていたものである旨を主張しているのであるが、成立に争のない甲第三号証によると、未だ、その所有権移転の登記の為されていないことが認められるので、仮に、その様な事実があつたとしても、その所有権の移転を以て、利害関係を有する第三者には対抗することの出来ないものであるから、利害関係を有する第三者たる原告に対する関係に於ては、右所有権の移転を以て対抗することの出来ないものであり、従つて、原告に対する関係に於ては、その所有権の移転がなかつたものと認める外はないものであるから、仮に、被告主張の様な事実があつたとしても、原告に対する関係に於ては、右土地は、依然として、右訴外人石橋妙蓮の所有であつたといわなければならないものである。

三、而して、以上の事実と(証拠)と甲第二号証の遺言書の存在並にその記載自体とを綜合すると、訴外石橋妙蓮は、胆石症の為め、昭和三五年六月二九日、前記病院に入院したのであるが、その後、相当重態に陥り、翌七月一〇日前頃からは、リンゲルの注射を為し、医師からは、見舞客との面会を禁止せられ、この様な状態が続いた結果、同月一〇日に至り、翌一一日に手術を受けることになつたのであるが、病状が斯る状態であつた為め、手術の結果によつては、万一の場合を考慮せざるを得ない状態に立至つていたこと、而して、右訴外人の夫は、七、八年前に死亡し、夫婦の間には実子がなく、養子として、被告と訴外石橋好一との両名があつたのであるが、被告は、既に、他家に嫁していて、而も、感情上の対立があつて、殆んど親子としての親しい往来がなく、又、右訴外石橋好一は、身持が良くなく、時にはその所在をくらましたりして、家に寄りつかず、これ等の事情と自己に万一のことがあつた場合とをあれこれ考慮した末、右訴外人は、自己に万一のことがあつた場合には、その死後をとむらい、且、石橋家の祖先をまつる者のいないことに思い至り、その結果、自己の死後をとむらい、且、その祖先のまつりを絶たない様にする為め、遺言を以て、自己の甥である原告にその所有財産の一部を贈与し、右のことを原告に委託しようと決意するに至り、右手術施行の前日である同月一〇日午後零時過ぎ頃、右の趣旨を自己の実弟であつて且原告の父である訴外土井七五郎に打明け、同訴外人に遺言書作成についての手続その他を依頼し、同訴外人は、これに基いて、直ちに、偶々、見舞の為め前記病院に来合せていた前記訴外人の親族である訴外内山誠一に遺言に立会う証人となることを依頼すると共に、更に、前記訴外人の実妹の夫である訴外内田勝太郎及び右訴外人の実弟である訴外岡野谷利三郎の参集を求めて、夫々、遺言に立会う証人となることを依頼し、同日午後一時前頃、右三名及び右訴外土井七五郎の四名は、看護婦の退室を求めて、前記訴外人の病室に入り、ここに於て、前記訴外人は、別紙遺言書写に記載の遺言を口述し、これに立会つた証人として、右訴外内田誠一がこれを筆記した上、遺言者及び他の証人両名に読み聞かせたところ、その筆記の正確であることを承認したので、右訴外内田誠一は、右遺言を筆記した書面に、遺言者及び証人三名の氏名を書したところ、遺言者は、これに拇印し、証人三名はこれに夫々押印したのであるが、右証人内田勝太郎及び同岡野谷利三郎は、その氏名は自署を要することに気づき、夫々、右訴外内田誠一の書した夫々の氏名を抹消した上、改めて、各自、その抹消した氏名の上欄に、夫々の氏名を自署した上、その名下に、押印し、これを遺言書として、完成せしめたこと、そして、その遺言書が即ち原告主張の遺言書である原告提出の甲第二号証の遺言書であること。

が認められる。

(中略)他に、右認定を動かすに足りる証拠はない。

四、右認定の事実によつて、これを観ると、右遺言書による遺言は、訴外亡石橋妙蓮の自らの意思によつて為されたものであつて、而も、それによつて表示された意思は正確に右遺言書に表示されているものであることが明白であるから、右訴外人は、右遺言書に記載の通りの遺言を為したものと認定せざるを得ないものであり、而も、前記認定の事実によると、右訴外人は、当時、死亡の危急に迫られていたものと解すことが出来、更に、右遺言書の形式には何等の要件の欠のないことが明白であるから、右遺言書による遺言は、適法なそれであるといわざるを得ないものであり、更に、右遺言について、法定の期間内に、所定の確認を得ていることが、成立に争のない甲第一号証によつて認められるので、右遺言書による遺言は、有効な遺言であるといわざるを得ないものである。

五、六、七<省略>

八、而して、前記訴外人が昭和三五年七月一日死亡したことは、前記の通りであるから、右遺言は、同日を以て、その効力を生じているものである。

九、而して、前記遺言書によると、その遺言の主たる趣旨は、別紙目録記載の土地及び建物は、これを原告に贈与するというにあるのであるから、右土地及び建物の所有権は、孰れも、右遺言が効力を生じた日に原告に移転しているものであり、従つて、それ等は、同日を以て、全部、原告の所有に帰しているものといわざるを得ないものである。

一〇、而して、前記遺言書について、その検認の手続が為され、更に、遺言の執行者が選任されたことは、成立に争のない甲第二、三号証によつて、これを認定することが出来るので、前記遺言は、右遺言執行者によつて、その執行が為さるべきものである。

一一、而して、その執行は、結局、前記土地及び建物について、原告の為めに、その各所有権移転の登記手続を為すべきことにあるのであつて、而も、この場合に於ける登記手続は、相続による所有権移転の登記手続を為すことなく、遺言執行者が登記義務者として、直接に、受遺者の為めに、遺贈による所有権移転登記手続を為すべきものであるところ、右土地及び建物については、前記の通り、被告及び訴外石橋好一の両名を共同名義人とする、相続による各所有権(持分各二分の一)取得の登記が為されているのであるから、右遺言執行者は、先づ、その各登記の抹消登記手続を為さなければならないものである。然るに拘らず、それが為されていないことは、成立に争のない甲第四号証の一乃至三によつて明白なところである。

而して、斯る場合に於ては、受遺者に於ても、その抹消登記手続を求め得るものと解するのが相当である。何となれば、受遺者は、遺贈によつて、遺言が効力を生じた時から遺贈の目的物の所有権を取得するものであつて、相続人は、それについては、何等の権利をも取得し得ないものであるから、それに対し、相続人によつて為された相続による所有権取得の登記は、登記原因を欠く無効のそれであり、而して、斯る登記の存在することは、所有権行使の妨害となるものであつて、所有権者は、その所有権に基いて、その登記の抹消を求め得るものであるから、受遺者は、遺贈の目的物の所有権者として、その所有権に基いて、右登記の抹消を求め得るものと解し得られるからである。

一二、右の次第で、原被は、受遺者として、右土地及び建物の所有権に基いて、被告名義を以て為された右土地及び建物に対する各相続による所有権(持分二分の一)取得登記の抹消を求め得るから、右各登記の名義人である被告に対し、その各抹消登記手続を為すべきことを命ずる判決を求める原告の本訴請求は、正当である。

一三、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

物件目録、遺言書写<省略>

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